岐阜県に多い「美人の湯」
「美人の湯」という、温泉の泉質を表現する言葉もすっかり定着しているようで、「あの温泉は美人の湯で、お湯がつるつるしている」といった話をよく耳にします。「美人の湯」への期待はどうも絶大のようです。
岐阜県内には、入浴によって「つるつる感」や「ヌルヌル感」がある「美人の湯」と呼ばれる温泉が数多くあります。下呂温泉をはじめ、池田温泉、郡上市の「美人の湯しろとり」、関市の武芸川温泉、揖斐川町の谷汲温泉、高山市の荘川温泉などがそうです。もちろんこの他にもたくさんあります。それらの共通点は、重曹成分を多く含んだアルカリ性単純温泉や重曹泉であることです。前にもお話しましたように、岐阜県の温泉の特徴として重曹成分の温泉が多いことが挙げられますが、岐阜県に「美人の湯」が多いのは、こうした特徴に起因しています。
なぜ、重曹成分を含む温泉が多くなったのか?
少なくとも、私が温泉に興味をもち始めた40年程前は、「つるつるの温泉」というのは全国的に見ても比較的めずらしく、かなり注目される存在でした。もちろん下呂温泉もその最たるものの一つでした。ところが今では全国津々浦々に「美人の湯」と言われるような「つるつる感のある温泉」がたくさん存在するようになりました。
かつて、竹下内閣の「ふるさと創生事業」で配られた1億円で、ブームにあやかって多くの自治体が温泉を掘りました。その多くが、地下深く掘って地下増温率によって温められた地下水をくみ上げるタイプの温泉でした。その結果、1000m以上深く掘削して得られる大深度掘削の温泉が雨後の竹の子のようにつぎつぎと誕生することになりました。岐阜県でも同様で、大深度掘削によってつぎつぎと温泉が誕生しました。そして、その多くが、入浴すると「つるつる感」のある「美人の湯」と呼ばれるタイプの温泉でした。その共通点として以下のような特徴が挙げられます。
- 地下1000m以上掘削した「大深度掘削」で得られた温泉である。
- ナトリウムイオンや炭酸水素イオンなど重曹成分を多く含み、つるつる感がある。
- 多くが、近くに石灰岩(炭酸カルシウムが主成分)などの岩石が分布している可能性がある地域である。
入浴すると「つるつる感」のあるいわゆる「美人の湯」の原因は、ナトリウムイオンや炭酸水素イオンなどを含むアルカリ性の重曹成分(炭酸水素ナトリウム)や炭酸ナトリウムであることが明らかになっていますので、岐阜県内の大深度掘削により何故、ナトリウムイオンや炭酸水素イオンが多く含まれるようになるのか、考えてみました。
産業技術総合研究所地質調査総合センター『地質ナビ』に一部加筆
上の図に示した濃尾平野周辺部の地質図を見ていただくと、所どころに濃い青色で塗られた「石灰岩」が点在しながら分布しているのがわかります。
石灰岩を含む地層は美濃帯と呼ばれ、プレートが沈み込む際に表面が削り取られて大陸側に付加してできた岩体です。そのため、逆断層や褶曲などの構造をもち、断層などの割れ目が網の目状に分布しています。こうした岩体内には地下水の通り道に断層によってできた粘土鉱物などが存在する可能性が高くなります。
地下深くの地下水に石灰岩の成分が溶け出すところからスタートし、結果的に重曹成分であるナトリウムイオンや炭酸水素イオンが多く含まれるようになっていくメカニズムを、以下のように考えてみました。あくまでも仮説です。
■第1段階
美濃帯などの地下の一部の岩石(石灰岩等)から地下水に炭酸カルシウムがとける。
CaCO₃ + H₂O → Ca²⁺ + HCO₃⁻ + OH⁻ (アルカリ性) ↓ ↓ カルシウムイオン 炭酸水素イオン
■第2段階
地下の広範囲に分布する岩石に粘土鉱物や沸石類が含まれていると、Ca²⁺ を含む地下水と地下深くで長時間接触して、Ca²⁺ と Na⁺ とが「陽イオン交換」を起こす。
Ca²⁺ + Na-鉱物 → Na⁺ + Ca-鉱物
■第3段階
陽イオン交換により地下水中のCa²⁺が取り除かれると、地下水はCa²⁺に対して飽和状態でなくなるので、岩石から再び炭酸カルシウムが溶け出す。これを繰り返すと、地下水中に徐々にNa⁺ と HCO₃⁻ が増えていき、Na⁺ HCO₃⁻ 泉(重曹泉)または、重曹を主成分とするアルカリ性の単純温泉が生成される。
このような反応がストップせずに、地下深くにおいて重曹成分の温泉が生成され続けるためには、地下水が長い距離を移動して、常に新しい岩石と接触し続ける条件が必要となります。1000m以上の大深度掘削はその条件を満たすため、重曹成分の温泉(つるつるの温泉)が湧き出す可能性が高くなるのではないかと考えられます。
以上のようなことから、岐阜県内で「つるつる感」がある温泉が多く湧き出す原因を考えることが出来そうです。
余談ですが、重曹の水溶液は65℃に達すると、さらにアルカリ性の強い炭酸ナトリウムの水溶液に変化する性質があり、温度の低い重曹泉を加熱利用する施設では、よりアルカリ性の強い炭酸ナトリウムが生成されることにより、「つるつる感」や「ヌルヌル感」が増すことがあります。
なぜ、重曹などのアルカリ成分で「つるつる感」が生まれるのか?
温泉の場合もそうですが、ただ単に液体を見ただけでは「ヌルヌル」とか「つるつる」かどうかを判断することはできません。匂いを嗅いでもわかりません。「ヌルヌル」と感じるのは、液体と皮膚とが触れあって初めて感じるもので、爪でもいけません。また、液体の中に指一本を突っ込んで触れただけでは、ヌルヌルかどうかはほとんど判断できません。
私たちはヌルヌルかどうかを判断する時は、知らず知らずに液体の中で指と指をこすり合わせたり、温泉の中で皮膚を掌(てのひら)でなでるように接触させています。すなわち、皮膚と皮膚の間に液体が挟まる(満たされる)ようにして動かした時だけヌルヌルとかつるつるに感じます。「ヌルヌルの温泉」や「つるつるの温泉」と言われるような温泉に入浴すると、皮膚と皮膚の間の摩擦力が極めて小さくなるため、「ヌルヌル感」や「つるつる感」を感じる訳ですね。では、摩擦力を小さくする原因は何でしょうか。
温泉と皮膚の脂肪(皮脂)が反応して「石鹸」と「グリセリン」ができる
重曹成分等を含んだアルカリ性の温泉の場合、温泉水中の炭酸水素ナトリウムや炭酸ナトリウムなどのアルカリ成分と、皮膚の表面の余分な脂肪(皮脂)が反応して、Na石鹸とグリセリンが生成されます。生成された石鹸やグリセリンはごく少量ですが、皮膚の表面をコーティングします。グリセリンは化粧品の保湿成分としておなじみですね。
皮膚と皮膚をこすり合わせる時、皮膚と皮膚との間に石鹸やグリセリンが存在することになるので、こすり合わせても摩擦が小さく滑りがよくなり、ヌルヌルやつるつるに感じる訳です。
すなわち、温泉そのものがもともとヌルヌルしているわけではなく、温泉と皮膚とが接触し反応することによってヌルヌルに感じる「現象」ですので、正確には「皮膚と接触した時にヌルヌル感がある温泉」と表現すべきです。「美人の湯」と呼ばれる温泉が、「ヌルヌルの温泉」「つるつるの温泉」などと表現されることが多く、誤解を生じているようです。
「アルカリ性が皮膚を溶かす」と言われるが‥‥
「温泉がヌルヌルやつるつるになるのは、温泉に含まれるアルカリ成分が皮膚のタンパク質を溶かすため」という説明がなされていることがよくあります。しかし実際には、これは主に高アルカリ性の成分に限られる現象であり、高アルカリ成分がタンパク質と反応して加水分解が生じて溶けます。高アルカリの代表格と言えば、理科の授業で使った「水酸化ナトリウム水溶液」を思い出しますね。手で触ると「ヌルヌル感」がすごかった記憶がありますが、これは石鹸とグリセリンが生成されるとともに、タンパク質の加水分解も同時に起こるため強烈なヌルヌル感が生じるようです。水酸化ナトリウムを触ってヌルヌルに感じたような現象が、ごくわずかですが温泉の中でも起こっている訳ですね。
「ヌルヌル感」や「つるつる感」を阻害する要因
温泉にアルカリ成分が多く含まれていても「ヌルヌル感」や「つるつる感」が感じられない場合があります。大河内ほか(2012)によれば、CaイオンやMgイオンの存在によってCa(Mg)石鹸のような金属石鹸が生じ、皮膚のヌルヌル感が抑制されることが明らかになっています。さらには、生成されたNa石鹸などはpHが低下するとHイオンにより「ヌルヌル感」が抑制されることも明らかになっています。
下呂温泉では、昔から飛騨川を挟んだ両岸(左岸の湯之島側と右岸の幸田側)で「つるつる感が違う」と言われてきました。双方の集中管理タンクに集まる源泉群の成分を比較すると、同じようにアルカリ成分が含まれているにも関わらず幸田側の方が少しつるつる感が強く感じられるようです(あくまでも、多くの方の意見です!)。
各源泉の成分表を見ると、幸田側の方がCaイオンがわずかに少なく、湯之島側の方がCaイオンがわずかに多く含まれることがわかります。大河内ほか(2012)が結論付けているように、ひょっとしたら、Caイオン量が微妙に多い湯之島側ではCaイオンによって「つるつる感」が多少抑制されているのかもしれませんね。もちろん泉質に優劣があるほどの違いはありません。
「メタケイ酸」がヌルヌル感に関係しているのか
ここ最近、インターネットの記事などでは、温泉中の「メタケイ酸」の美容効果が大きく宣伝されることが少なくありません。中には、「メタケイ酸が皮膚のヌルヌル感に大きく寄与する」と宣伝されていることもあるようです。これに対して前出の大河内ほか(2012)は、メタケイ酸が皮膚のヌルヌル感の主たる原因ではないことを、研究を通して示しています。
今日もまた岐阜県の「美人の湯」に浸かって、「美人への道」を極めてみてはいかがでしょうか。と言いましても、あくまでも「美肌効果」ですので‥‥、間違いなく。
文 献
・大河内ほか(2012):皮膚のヌルヌル感に及ぼす温泉水の特性,温泉科学.62,(3),237–250.
・やませみ(2000):温泉の科学,『立ち寄り温泉みしゅらん』(2026年8月閲覧)
・産業技術総合研究所 地質調査総合センター:地質図ナビ(2026年9月閲覧)

執筆者
古田 靖志
温泉研究者。下呂発温泉博物館 名誉館長。温泉科学の研究と教育普及活動に取り組む。

